2018年3月18日 に開催された哲学カフェ

日時:3月18日 13:00~15:30
会場:神保町FOLIO
テーマ:「フェアってどういうこと? スポーツにおけるドーピング問題を巡って」
ゲストスピーカー:東洋大学 法学部教授 清水宏先生

▪️ゲストスピーカーの話
ドーピングとは、スポーツなどの競技における競技能力を不公正な方法で上げるために、薬物を投与したり、何らかの物理的方法を行使すること。
1. ドーピングの歴史
ドーピングの歴史は、古代ギリシャにおけるオリンピックやローマにおける体育競技からスター ト。当時は競技力向上のため、ドーピング行為が普通に行われていた。1800年代のヨーロッパで は競走馬に薬物を投与して能力を高めることが行われ、プロの自転車レースの選手が、興奮剤とし てカフェイン、コカイン、ストリキニーネなどを使用するようになった。
1904年のセント・ルイス・オリンピックでは、イギリスのトーマス・ヒックス選手が、レース 中に公然とストリキニーネなどの薬物を摂取し、マラソン競技で優勝。1908年のロンドン・オリ ンピックのマラソン競技で、イタリアのドランド・ピエリ選手が薬物の過剰摂取により、ゴール付 近で倒れたため、チーム・スタッフが体を支えてゴールした結果、失格となった。

1946年オリンピック憲章に、「薬物その他の人工的興奮剤を使うことは最も強く非難されねば ならず、いかなる形であろうとドーピングを許容する者は、アマチュア・アスリートの大会及びオ リンピック競技大会に参加させてはならない」とのドーピングに関する項目が定められた。

1960年のローマ・オリンピックの自転車競技で、デンマークのヌット・イェンセン選手が競技 後に倒れ、病院で死亡が確認された。国際オリンピック委員会(IOC)はこの事件を重視し、 同委員会内に医療委員会を発足させ、アンチ・ドーピングを強く推進することにした。1999年に、 世界アンチドーピング機構(WADA:World Anti-Doping Agency)が設立され、アンチ・ドー ピング活動の中心となっている。

日本は、1965年に日本体育協会科学委員会内にドーピング小委員会を設置し、1995年には日 本オリンピック委員会がアンチ・ドーピング委員会を設置し、さらに、1996年には、日本体育協 会と日本オリンピック委員会が共同で、アンチ・ドーピング体制に関する協議会を設置した。 2001年にはWADAの設立を受けて、財団法人(現公益財団法人)日本アンチ・ドーピング機構 (JADA)を設立。2011年に制定されたスポーツ基本法では、アンチドーピング活動の推進を国 の責務として定めている。

2. ドーピング・ルール違反と制裁
• ドーピング・ルール違反と効果
• 個人成績の自動的失効(WADA規程9条)
• ドーピング・ルール違反が発生した大会での成績の失効(WADA規程10.1条)
• 資格停止処分(WADA規程10.2条~10.7条)
• 金銭的措置(WADA規程10.10条)
• ドイツでは、ドーピング・ルール違反に対して、1年以上10年以下の自由刑(懲役・禁錮)を課す法律が制定された。
・ドーピング検査
(1)検査の種類
• 競技会検査...競技大会において実施され、通常は、協議終了直後に検査係員が、選手に 検査対象であることを通告し、実施する。
• 競技会外検査...予め国際競技連盟またはJADAが設定した検査対象者として登録され、 居場所情報を提供する義務のある競技者に対して、事前通告なく、検査係員が宿泊所ま たは練習場所に赴いて、検査対象者であることを通告して実施する。
(2)検査の手順
a. 通告:検査対象であることを通告する。
b. 受付:検査対象者は、通告後速やかにドーピング検査室に行かなければならない。
c. 採尿:検査対象者は、同性の検査員の立会いの下にトイレで採尿を行う。
d. 分注・封入:検査対象者が自分で採取した尿を二つのボトルに分けて入れ、これを封印する。
e. 薬物の申告等:検査対象者は、検査員の指示に従って7日以内に使用した薬物とサプリメントを申告するためなど、書類を作成する。
f. 署名:検査対象者は、公式記録の記載内容や手続に問題がなかったかを確認して署名
する。
g. 分析:採取された検体(尿)の分析を行い、ドーピング・ルール違反の認定を行う。
h. 聴聞:分析結果を受けて、医師、法律家、スポーツ団体役員で構成されるドーピング防止パネルにおいて、聴聞会が開かれ、制裁等の決定がなされる。
i. 不服申立て:聴聞会における決定に不服がある場合には、スポーツ仲裁裁判所または
日本スポーツ仲裁機構に不服申立てをすることができる。

▪️テーブルトーク
※参加者のひとり、Yさんによるたテーブルトークの感想です。

テーマの「公正:フェア」は難しいテーマでした。私も事前に広辞苑で調べて見ましたが、 「公平で邪曲のないこと」、「明白で正しいこと」とあり何ともとらえどころのない説明でした。 そこで、オックスフォード英英を見てみたところ「法律或いは規則に従って行動すること」とあ り具体的なものでした。

私と同じテーブルの参加者の一人は「ドーピングの話を聞きに来たわけではないのに」と言っ ていましたが、私も当初レジメを見たときには同じ感じを持ちました。しかし、講師の清水氏の 話を聞くうちに「公正/不公正」の仕分けをするにはここまでの体勢と手続きの積み重ねが必要 だと分かってきました。そういう意味で今回のドーピング問題は「公正/不公正」の仕分けの格 好のサンプルであったと思いました。

テーブルトーキングでは話が進むうちに人工知能の話が出ました。丁度先週人工知能について 『スーパーインテリジェンス』と言う本を読みました。著者はニック・ボストロムと言う40代半 ばのスエーデン人でオックスフォード大学の哲学科教授です。

そこで議論されている問題は幾つかありましたが、やはり難しい問題は、人工知能が人間の知 能を超えるレベルになり心を持つようになった時に、人工知能が人間に刃向かうことがないよう にきちっとした道徳規範を持たせるにはどうすべきかということです。「公正/不公正」の問題に しても「法律或いは規則に従って行動すること」というだけでソフトウエアを組み込んでも人工 知能は何も出来ないでしょう。ドーピング問題に匹敵する、或いはより細かく規定しなければな らないでしょう。
上記の本では、どのような道徳規範を具体的なソフトウエアの形にして、どのように人工知能 に組み込むかの議論が書かれていましたが、気になりましたのは、ここでの議論にカントの実践 理性批判での帰結である「定言命法」には全く触れられていないことです。逆に人間には道徳規 範を個別具体的に列挙する能力はないので、これを人工知能にやらせようとの案が書かれていま した。多分カントも個別具体的な規範を列挙するのを諦めて形式論としての定言命法に行き着い たのではないかと想像します。

テーブルトーキングでは参加者の一人が結局は天に任せて自然体で臨むのが一番ではないかと の発言があり、私は「自灯明、法燈明」とですねと言ったのですが、帰路の電車の中で、これは どうもピント外れで、漱石の言う「則天去私」の方がその人の気持ちに合っていたのではと思い ました。