2019年1月20日に哲学カフェを開催します

次回のカフェの詳細が決まりましたので、お知らせします。次回のテーマは「鈴木大拙の華厳学 ー 自己と他者の関係はどうあるべきか」。ゲストスピーカーは、東洋大学学長・仏教学者であり、NHK「こころの時代」でもおなじみ竹村牧男先生です。多忙を極めている先生の貴重なお話を聞く滅多にない機会ですので、ふるってご参加下さい。


1.日時
平成31年1月20日(日曜日) 13時〜15時30分
2.場所
千代田区神田神保町1-3 冨山房ビルB1 
「サロンド冨山房Folio」 電話 03-3291-5153
3.参加費用
大人1,000円 /学生500円(ドリンク付き)
4.テーマ
「鈴木大拙の華厳学 ー 自己と他者の関係はどうあるべきか」     
5.事前予約
電話/03-3291-5153 電子メール/folio@fuzambo-intl.com
 

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2018年11月18日 に開催された哲学カフェ

日時:2018年11月18日(日)
場所:サロンド冨山房FOLIO
テーマ:「日常の中に潜むちょっとした違和感について考える」

当日の流れ
前半:スタッフからテーマのサンプルとして、以下のテーマでショートプレゼン。
・エレベーターの右側を開けるのはなぜ?
・履歴書は手書きでなければいけないのはなぜ(パソコン作成ではいけないの)?
・賞味期限と消費期限の不思議 等

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後半:
・前半のテーマを参考にし、参加者の感じている違和感を発表してもらう
・テーブルごとでテーマを設定し、ディスカッション

 

話し合いの内容(一部)
 「なぜ、電車や病院等でちょっとしたトラブルや呼びかけがあったときに、私たちは謝ったり返事をしたりしないのか(できないのか)」といった疑問について、ディスカッションをしました。
 例えば、電車でお互いの体がぶつかってしまったとき、一言「すみません」等という言葉があれば、お互い、気持ちが良いはず。なのになぜ何も言えずに黙ってその場を去ってしまうのか、日本人は冷たくなってしまったのか?という疑問です。病院でも同様に、受付で「○○さーん」と呼ばれた際、無言でいる人が多いそうです。このような疑問に対し、以下のような意見が出ました。


・ある出来事に対して、それに対し私たちが取る行動パターンは実に様々。その中には必ず「ベスト」な方法と、皆が良くとる一般的に知られた「コモン」な行動の2パターンがあり、この2つがいつも一致するとは限りません。例えば、電車で互いがぶつかったときという出来事に対し、互いに一言「すみません」と謝ることが「ベスト」で、そのまま立ち去ることが「コモン」であるというように。一言、謝罪の言葉があれば、互いに気分が良く、あとにもやもやした気分が残らない。しかしそれができないのは、忙しくて(気持ちに)余裕がない等の要因があるから?


・ベストな方法・行動を選択しても、そこについてこられない人もいます。例えば、地域のお知らせを紙でなくPCやメールで配信すれば、コストも手間もかかりません。しかし年配の方は、メールを受け取る手段がないため、この方法に対応できません。この場合、対応できる人が、配信された内容を彼らに個別に知らせる等、フォローをする必要があります。ベストな方法をとるのもよいが、その方法が全員にとってベストとは限らないので、その方法になじまない方々へのフォローも重要です。


・自分も電車で体がぶつかってしまったことがあります。その時は言葉をかけるのでなく、すみませんという気持ちを込めてお辞儀をする仕草をしましたが、気づいてもらえませんでした。今思えば、きちんと言葉にすればよかったのかも。


・「謝るのがベストな方法とされている」というが、外国では謝る行為は責任論と結び付けられ、自分が悪いことを認める行為ととられることがある。その点から、謝ることに抵抗がある人もいるのでは。


・ある出来事があったとき、どのような行動をとるかは各人の価値観によるところも多い。価値観が共有され、認め合うこともまた大切なのではないか。


ほかのグループでも、多彩なテーマで話し合いが行われました。例えば、職場における女性の役割(お茶くみ等)や、ブラック企業等における経営者の在り方等、様々な事例を通し「違和感」について話し合ったグループは、改めて身近な場所を含めた様々な場面で、多様な違和感が潜んでいることに気づいたようでした。


今回は、参加者自身が不思議・疑問に感じていることをみんなで話し合うという回でした。普段の会話では、このような話題は避けられがちで、タブー視さえされることもあります。しかし、このような話題について意見を交わしあうこともまた、自身の考えを深め・広げる機会となるのではないでしょうか。このような身近なこと・ちょっとした疑問をディスカッションすることもまた、哲学の1つの姿ではないかと思います。専門的な知識を持ち合わせておらず、高尚な意見を言うことができなくても哲学は実践できると改めて思いました。

 

 

 

 

 

 

2018年11月18日に哲学カフェを開催します

次回のカフェの詳細が決まりましたので、お知らせします。次回のテーマは「日常の中に潜むちょっとした違和感について考える」。「”エスカレーターは右側を空けないでください”というアナウンスが流れるのに、みんな右側を空けてしまうのはなぜか」「履歴書はなぜ手描きでなければいけないのか」など、ちょっとした違和感について考えていきます。


1.日時
平成30年11月18日(日曜日) 13時〜15時30分
2.場所
千代田区神田神保町1-3 冨山房ビルB1 
「サロンド冨山房Folio」 電話 03-3291-5153
3.参加費用
大人1,000円 /学生500円(ドリンク付き)
4.テーマ
「日常の中に潜むちょっとした違和感について考える」     
5.事前予約
電話/03-3291-5153 電子メール/folio@fuzambo-intl.com

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2018年9月30日 に開催された哲学カフェ

日時:2018年9月30日(日)

場所:神保町カフェFOLIO

テーマ:「庶民に役立つ哲学 井上円了が志したもの」

 

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ゲストスピーカー:東洋大学理工学部教授・井上円了研究センター センター長 吉田善一先生 

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流れ:

・当哲学カフェの概要とルールを説明し、テーマとゲストスピーカーを紹介。

・ゲストスピーカーのお話をもとに、参加者の興味のあること・気になることなどから後半の話し合いのテーマを決定。

・各人興味のあるテーマのテーブルに移動し、話し合いを行う。

・グループで話し合った内容を発表

 

導入として、吉田先生に井上円了先生の生涯・考え等についてお話しいただいたのちグループごとにテーマを設定し話し合いました。話し合ったテーマは以下のとおりです。

・動機が善でも悪なる行為はあるか?

・社会のグローバル化と哲学の必要性

・学校教育における哲学の必要性

・哲学は身体に影響するものなのか?

 

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話し合いの内容(一部)

私のグループでは哲学と教育をテーマに話を行いました。

20代~70代の方など、幅広い年齢層の方がいらっしゃったので、各々の経験談を中心に話を広げていきました。そして、主な以下のような意見が出ました。

・哲学は教育の中で、しかも幼児期など早期から取り入れるのが良い。なぜなら、自分の意見だけでなく、ほかの意見も存在し、それを認める力を養うことで世界が広がるからだ。

・今の日本では哲学を学んだとしても、実社会で直接生かしていくのが難しい。現代の哲学者の主な仕事は論文を書くことで、それによって自分の理論を証明する。例えば、大学で哲学を専攻しても、社会人になってから生かす機会が少ない。しかし、哲学はものの見方を広げる役割を担い、それを現代の教育等の様々な分野に取り入れることは必要と思うので、哲学者がその役割を背負っていくべきだ。

・今の教育は、答えをいかに早く出すかが求められる。仕事で言えば、事務処理能力の向上とつながってくる部分だが、だんだん自分の力で考えて答えを出すことが求められる時代へと変化している。なので、教育に哲学を取り入れて、例えば、1つの方法として議論やディスカッションの機会を増やしていくことが重要ではないか。

・ただ、今の教育現場にそのまま哲学を取り入れることは困難だと思う。なぜなら、議論を取り仕切る教師が哲学教育を受けていないからだ。哲学を取り入れ、ディスカッション等をする際重要なのは、いった意見が少数意見等であっても間違いではない、どんな発言も言っていいんだよ、間違いはないんだよという、発言するうえで参加者が安心できる環境を整えることだ。なので、教師にもいろいろな意見を認める力等が必要になってくるが、十分とは言えないのではないか。そこで、哲学を取り入れるときはまず指導者等の哲学教育から始めるべきだ。

・学校に通っていたころ(若い方)、先生の質問に対して間違いを指摘されたことがあった。その経験から、先生に質問された時は、先生の求める答えを考え、答えるようになった。いわば、「空気を読む」ようになった。だから、自分の意見が認められ、間違ったらどうしようという気持ちや、その人が求めている答えは何?ということを気にすることや考えることなく、自分の意見が自由に言える環境が大切だと思う。そこに哲学はあっているのではないか。

決まった答えがあり、それを以下に導くことができるかという力を養うことに主眼を置いたのが日本の教育でした。しかし、何もないところから自ら考え道を切り開く力を必要とする時代に入っています。そのため、早いうちからそのような力を養う訓練が必要であり、様々な考えを認め合うという一面をもつ哲学を教育に取り入れることは有効ではないか、と参加者の方々は、考えました。しかし、西洋の教育では哲学に力を入れていますが、だからといってただ哲学を取り入れるだけでは不十分です。まず、教育者に代表されるような、人を教える方に哲学教育を浸透させていくこと、大学等で学んだ哲学を実社会で生かしていく場を創っていくことがまず必要ではないか、と考えました。


 

・配付資料

当日の配付資料については、以下のURLをクリックしてダウンロードして下さい。

www.dropbox.com

2018年9月30日に哲学カフェを開催します

次回のカフェの詳細が決まりましたので、お知らせします。

次回のテーマは「庶民に役立つ哲学 井上円了が志したもの」。前回の「哲学は役に立つのか?」というテーマから、「井上円了は、どう捉えていたのか」「これから私たちが生きる上で、哲学がどのように役立つのか」ということを考えていきます。

ゲストスピーカーは、東洋大学の理工学部教授であり、井上円了センターのセンター長でもある、吉田善一先生です。当日配布される資料を添付しますので、ご一読下さいませ。

1.日時
平成30年9月30日(日曜日) 13時〜15時30分

2.場所
千代田区神田神保町1-3 冨山房ビルB1 
「サロンド冨山房Folio」 電話 03-3291-5153

3.参加費用
大人1,000円 /学生500円(ドリンク付き)

4.テーマ
「庶民に役立つ哲学 井上円了が志したもの」
       
5.事前予約
電話/03-3291-5153 電子メール/folio@fuzambo-intl.com

 

6. 配付資料

以下のURLをクリックしてダウンロードして下さい。

www.dropbox.com

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2018年7月15日 に開催された哲学カフェ

日時:7月15日 13:00~15:30
会場:神保町FOLIO
テーマ:「哲学は役に立つのか?」

形式:グループワーク
前半は、任意のグループで自分の哲学観について語る。それを踏まえた上で、自分にとっての哲学定義について「哲学とは○○である」という形式で各自紙に記入する。
後半は、その紙をもとにグループを編成しなおし、自分の哲学観の詳細を紹介しつつ、再度議論を行う。
最後に、グループごとに議論の中で出た意見等をまとめて代表者が発表する。

内容
1.「哲学とは○○である」
参加者が書き出した定義の一部は以下の通り。
 「哲学は自分そのもの」
 「哲学は思考」
 「哲学は判断基準」
 「哲学とは、考え抜いた先に最後に行きつく答え」

その後、「各人にとっての哲学とは何か」と「哲学は役に立つのか」の2軸で議論を行った。

2.「哲学とは何か」
「哲学とは何か」について、思考(考えること)・思考を踏まえての実践・自分自身の価値や有する判断基準と考える方が多かった。
 従来の哲学観は思想(考えること)に重点が置かれることが多いように思われるが、意外にも現在はそこにとどまることなく、思想(考えること)を発展させて実践までを含めて哲学であると考える人や、考えたこと=自分の価値・基準と考える、実践・行動といったように「具体性」や「自身」に結び付けて哲学をとらえる人が多いようだ。
 また、「哲学」を自身の持つ価値観ととらえると、哲学は不変のものとも考えられる。例えば、「私は○○のために生涯をささげる」といった価値観などがあげられるだろう。これは一生貫き通すべき、変わらない価値観のように見える。
 なかには、自身が追い込まれた時に、絶対だと思ってた自身の哲学が揺らいだという経験をもつ方も。この方の体験談をきっかけに、「哲学は、様々な体験などを通じて様々な材料を吸収していくことでブラッシュアップさせ続ける営みなので、変わり続けるものではないか」「窮地に立たされた時に、自分の本当の哲学が垣間見えるのでは」といった意見が出された。
「哲学に答えはない」との考えは有名だが、そのなかにも「哲学は考えることである」「哲学を自身の価値観とすると、その価値観は普遍のものである」といったイメージがある。しかし、それも絶対ではなく、哲学観は個人や時代によって変化するし、一般的なイメージですら絶対ではない。哲学は相対的かつ柔軟なものであり、いかようにも形を変化さえうる。その背景には、個人の思想や時代背景、その時代の価値観等が大きくかかわってくるのだろう。

3.「哲学は役に立つか?」
 この議論では、役に立つと答えた人が圧倒的に多かった。「哲学とは何か」の定義にもよるが、主に自身の判断基準になりうることが主な理由だった。
 しかし、中には「役に立たない」と考える人もいた。
 例えば、哲学を企業経営に当てはめると「経営理念」に当たる。企業の文化・価値基準とも言い換えられる。これらも大切であるが、企業の目的は利潤追求であり必要なのは戦略である。企業が窮地に陥った際、必要となるのは哲学(価値基準)・文化ではなく、戦略である。一般的な企業は、企業理念(事業を通して実現したいもの、その会社で大事にすべきもの等)を掲げて、それに合わせて戦略を練る。しかし、現実的に企業理念は直接に利益を生まない。利益が出てこそ、実現できるものである。つまり、現実は戦略を練って、その先に哲学(企業理念)が来るものである。故に、哲学は実際には役に立つものではないと考えられている。
 先にも述べたように、哲学を「思考に基づいた実践」「自身の価値」と考える方が多く、そのような方は具体的に何か選択を迫られた際や行動するときの物差しとして哲学を用いることで役立てると考える。逆に、哲学を目的に据えても、それ自体は何も生まないので役に立たないと考える方もいる。
 このように、意見が分かれるのも哲学が決まった答え、形を持たないあいまいな性質を有するからだと思われる。
 今回のカフェの議論を通し、哲学の奥深さを再認識した。哲学に決まった答えがないことは変わらない。
 各人のもつ個人の価値観・時代背景等によって、哲学の内容や利用の仕方、定義等が変わる。どのように考えてもよいし、用いてもいい。いわば「自由」なものである。哲学を役立てる手段の1つの提案として、議論の中で一部出たように、自身の価値観=哲学と考え、仕事・プライベート、人との出会い等日常の営みを通して、それを磨き続け又は改め続けていくと良いかもしれない。

2018年7月15日に哲学カフェを開催します!

次回のカフェの詳細が決まりましたので、お知らせします。

次回のテーマは、「哲学は役に立つのか?」。ゲストスピーカーは招かず、テーブルディスカッション中心となります。いつもよりたっぷりお話する時間がとれますので、「このテーマについて人の意見が聞きたい」「自分の考えを話してみたい」という方はぜひご参加くださいませ。 

1.日時
平成30年7月15日(日曜日) 13時~15時30分

2.場所
千代田区神田神保町1-3 冨山房ビルB1  
「サロンド冨山房Folio」 電話 03-3291-5153 

3.参加費用
大人1,000円 /学生500円(ドリンク付き)

4.テーマ
「哲学は役に立つのか?」
       
5.事前予約
電話/03-3291-5153 電子メール/folio@fuzambo-intl.com

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