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2015年3月14日に開催された第5回哲学カフェ

日時:2015年3月14日 13時〜15時
場所:サロンド冨山房Folio
記録担当:伊崎直輝

テーマ:「哲学カフェとは?」
ゲストパネラー:
* 東洋大学理工学部/吉田教授
* ヒロアートディレクションズ/今泉浩晃氏
* 西田哲学会/武内寛氏

 今回の題目は、「哲学カフェとは?」。過去のゲスト講師およびコメンテーターを迎え、パネルディスカッション形式で行った。さらに、これまで哲学カフェに参加した人の意見も聞き、これからの哲学カフェをどうしていけばよいか考察した。

 #パネラーから見た哲学カフェ

1) 吉田教授
 まず、吉田氏が参加された「死刑制度、賛成?反対?」についてのご自身の見解をまとめた。死刑制度について吉田先生は、江戸時代の切腹と現代の死刑を比較していた。しかし、「今思えば、これらは同じものとして考えるべきでない」とのこと。なぜならば、嘗て切腹は「死して生かす」考え方であるが、現代の死刑は全くそのような考えはないのである。

 同様に、忠臣蔵も死刑と関連させることに厳しいと感じていた。ここには、「死」という日本人の古来の考えがあるからであり、昔は「死=美徳」という考えから現代では乖離している。結局は死刑行為は見せしめの行為となっている。

 そして最後に、この死刑制度を通じて哲学とは何であるのかを投げかけ、東西の哲学をそれぞれ理解することが必要であるとまとめた。

2)今泉氏
 今泉氏は、「情報とどう付き合うべきか?」という題目に対して、今泉氏の発明した「マンダラート」と用いた思考法を説明した。その中で、「そのとき、紙面上の説明だけに終わってしまったことが残念。アプリを使えばマンダラートの動きを見せることができた。そのほうが分かりやすかったと思う」と述べた。

 そのあと、ご自身の開発された「マンダラート」の説明を行い、教え子たちに実際に実験で使ってもらった時の体験談を話された。
 この「マンダラート」は3×3のマス目の曼荼羅の真ん中に自分を置き、その周りに自分が関係する言葉を書き込み、その言葉を別の曼荼羅の中央に書き、その周りに関係しそうな言葉を書く……これを永遠と書き続ける方法である。

 ここから、現代の思考は固定させてはいけないということも仰っていた。紙のように一回書くと固定され変更できないものではなく、時代とともに変化をさせていくべきということである。現代は動いているものの中から見えるものを見ていくである。

3)武内寛氏
 西田哲学の武内寛氏は、竹村学長の回でコメンテーターを務めたが、このときのテーマである「正義や悪は存在するのか」という題目に対して、竹村学長のお話を通して感じたことを述べた。

 まず、同氏は「謙遜の精神が大切であり、この精神があることで、学生でも進歩する。竹村学長にはその気持ちがあるから、常に進歩されているのだろう」と述べた。

 その中で、謙遜の精神を持ちながらも他者を通して自分を理解する「オープンな心」が大切であり、そこから他者と会話をすることで、対話を通じて多くのことを発見をする。この発見は、他者との会話から見出るものであり、そこから発展してくのである。つまり、英語の”Discovery”や”Uncover”というものは他者との会話で見えているのである。

 この対話は、5W1Hと関係が深い。そもそも学問の始まりは「なぜ?」と疑問を思うことからの始まりであり、そこが哲学の始まりでもある。決して「哲学」は学会だけのものではなく、開かれたものでなければならないのである。

 その点、竹村先生は沈黙の直観を得ており、言葉が先行しておらず、自分の思考を経ており、それを自らの言葉で話すことをされている。この、自分の思考を経ていることが哲学の本質である。

 では、なぜ、人間は本質を訪ねていくのか。それは、人間にはよりよく生きようとする業が深いのである。その欲から哲学が生まれているのである。
 ニーチェの言葉より、「あなたと共により良く生きたい」という言葉がある。これは楽しいからという理由もあるが、苦痛から逃れたいからでもある。「なぜ?」と思うことが延々と繰り返され、次第に考えることが出来なくなる。そこに哲学というものが生じるのである。

 その中で、青山蠢動がもらった手紙の言葉「人生は良く生きること」であったり、大江健三郎の「約束を守る」ことが大切である。

#理想の哲学カフェとは?

 次に、哲学カフェの世話役である五十嵐から、「理想の哲学カフェとは?」というお題が出された。

 この問いに対して武内氏は、「最初の6つのルールを守ること、グループで対話をして、発表の場で参加者も発信をしていくというこの形で良い」と述べた。

 同様に吉田教授も、「この状態でも構わない」と述べた。さらに、「参加型の講義をすると、さらに良くなるのは無いか」とのこと。授業のように、教員と生徒、生徒と生徒と、互いに意見を言い合える環境にしてもいいのではないかという意見を頂いた。

 今泉氏は、「物の見方考え方は多様であり、カフェの中でエニアグラムの考え方を覚えていけばいい」と話した。


#参加者同士でのディスカッション
 私のグループでは、まず、哲学カフェの従来までのありかたを考えた。その時に、各々自分の経験と過去の哲学塾の題目を関連させ、来年度いこうどう進めていくのか考えた。

 まず形式については、「現状のように、ゲスト講師のお話のあと、各グループのディスカッション形式で構わない」という意見が多かった。主な理由として、「ここはあくまでも哲学カフェであり、井戸端会議のような方向性のない話し合いではない」ということ、「哲学を学問という閉鎖的な空間だけではなく、カフェのような庶民的に開かれた場所で行う事で、親しみやすさを感じることが出来る」という点があがった。「ディスカッションが題目からずれないようににするには、先に講師が話をするというこの方法が有効であり、最初から最後までずっとディスカッションを続けると、題目から話題が乖離するのではないか」という声もあった。

 ディスカッションについても、「最初の6つのルールがあり、それを皆守っている参加者だからこそこの哲学カフェがある」といのこと。
 「人の価値観というものは共通事項ではなく、千差万別であることからも、その価値観は人それぞれであり、その人との縁のつながりを寧ろ大切にしていくべきだ」という声もあった。

 ただ、改善点として、「これまでタイムマネージメントがあまりなされていなかったので、この点を上手く改善した方が良い」と意見もあった。司会もそうだが、ゲスト・参加者も時間を守る環境が必要である。同様に、告知をする際に題目に対する概略的な文献を載せることで、情報通知の際のフォローアップを行う事が重要であるという指摘もあった。

 一方、我々運営側としては、まずこの哲学カフェを継続的に開催していくことが一番の使命であると感じた。まだ哲学カフェ自体が発足してから年月が経っていないこともあり、まずは定期的な開催を行い、この様な老若男女集まる場所を定期的に提供し続けることが一番の使命であると感じた。