5月10日に開催されたプレ哲学カフェについて

先日行われた「第一回 プレ哲学カフェ」の内容を議事録にまとめましたので、ご覧ください。

日時:2014年5月10日、13時~16時
場所:東洋大学文学部会議室
記録担当:伊藤頼人

 1.哲学塾の運営について

・提案内容
 昨年度開催された哲学カフェは、講義形式(先生が講義を行った後、参加者が質問し、先生がそれに答える方式)だった。この方法だと、先生のお話を聞くことが中心になり、活発な意見交換には至らなかった。今年は、参加者同士が意見交換できる場を作ることを目的とし、昨年度と違う形式を試してみることとする。

・参加者からの意見
(1)「昨年の参加者は、その違いにとまどうのではないか」
(2)「参加者のレベル(ポテンシャル)が下がってしまうのではないか」
(3)「意見が出にくいのではないか」
(4)「若い年齢層の参加は見込めないのではないか」
(5)「うまくまとまらないのではないか」

・それぞれについての議論

(1)「昨年の参加者は、その違いにとまどうのではないか」
「昨年度との違いはHP、メール、現場などで告知すればよい」という意見。その場合、参加者層は昨年と変化する可能性はあるが、それはそれでよいのではないかという意見。昨年の参加者が落胆するのは避けたいという意見が出た。

(2)「参加者のレベル(ポテンシャル)が下がってしまうのではないか」
「おがわひとし氏の哲学カフェをモデルにしよう」という意見があった(詳しくはこちらを参照)。簡単にまとめると、次のようになる。

①井上円了の意思を継ぎ、 哲学をアカデミックなものとして追及する方向ではなく、門戸を広げ、敷居を低くする方向で進めていきたい。
②その際、 専門知識の必要ない、議論しやすいテーマを用意すれば、誰でも自分の意見を言えるのではないか。

(3)「意見が出にくいのではないか」
「ヒートアップして喧嘩になることを恐れると、意見が出しにくくなる。そうならないために、おがわひとし氏の哲学カフェで決められたルールを徹底しよう」という意見があった。そのルールとは、以下の通り。

①人の話をよく聞く
②異なる考えを全否定しない
③難しい言葉を使う場合は説明する

(4)「若い年齢層の参加は見込めないのではないか」
おがわひとし氏の資料の中に「4.哲学カフェの効用」という項目があり、その中に「まず、学生にとっての意外な効用は、彼らが哲学カフェを就職の際の面接練習や集団討論の場として活用し始めた点である。つまり、大人が混じっていることで、面接の本番さながらの緊張感を味わいつつ、自分の考えを表明することができるのである」というくだりがあった。この面をアピールすれば、学生の参加は増えるのではないか?という意見。

(5)「うまくまとまらないのではないか」
先生を呼べば、先生のお話を聞くことが主になるので、参加者は参加費に見合った価値があったと納得できる。しかし、議論中心にした場合、うまくまとまらなかったとき、参加者はフラストレーションを感じるのではないか?という意見について、以下のような提案があった。

①先生ではなく、助言者として参加してもらうことで、話し合いが脱線したときの路線修正も可能になるのでは。
②生活のなかで疑問に感じるようなテーマが、最終的に普遍的なテーマまで発展すれば、意義があるのかも。
③参加者が何をもって満足を得るのか、参加費に見合った価値を感じてもらえるのかを検討すべき。

2.哲学カフェにおける議論をシミュレーション
実際にやるとしたらどうなるのかを、参加メンバーでシミュレーションしようということになった。

①客室乗務員の制服をミニスカートにする航空会社について

航空会社スカイマークが、5月から導入するエアバスA330に搭乗する客室乗務員の制服をミニスカートにするとして話題となっている。このことがなぜ話題になっているのか、問題があるとすればどのような点なのか、様々な観点から考えてみよう。

【反対意見】
業務に支障が出そう。
圧力があったとすれば着る人が不快。
会社の体質、労働環境が良いとは思えない印象。会社の道徳性を象徴しているように感じる。信頼感が薄くなる。
航空機の快適性をPRするという説明だが、効果が疑問。
デザインが嫌い。
仕事の目的に合致していない。

【容認意見】
強制されているのでなければ客室乗務員が対象以外の機を担当すれば良い
売上を伸ばす戦略の一環である
客が選ばなければ良い。評判が良いのであれば需要があるということ

【その他】
「娘や恋人などがミニスカートの制服を着るとしたら?」という質問に対して、「個人的な不快感は伝えるが、判断は本人の意思に任せる」という意見や、「水着でも良いと思う」という意見があった。ま「一番大事なのは、本人の意思。本人がよければいい」という意見が多数だった。

機能性。一般的な客室乗務員の制服として着用するスカートやハイヒールも、ミニスカート同様、機能的ではない。機能面だけで判断するなら、ジャージやスニーカーが適しているのではないか。そういった面から「ミニスカートはダメ」というのはどうか。

本人の決定権。会社から強要されるのはダメ。でも、選べるのであればよいのではないか。
場所や時代によって変わる。たとえば、インドの場合、ミニスカートは先進的なイメージ。むしろ、ミニスカートを着る客室乗務員は、そのことを誇りに思うはず。

②死刑制度について

現在の日本には死刑制度が存在する。国際社会においては死刑制度を廃止する傾向が見られる半面、日本人は死刑制度に賛成する人が多いというアンケート調査の結果もある。なぜ死刑制度は必要なのか、死刑制度を廃止したいと考える根拠は何か、両者の考え方の相違点は何かを考えてみよう。

【賛成意見】
1人殺したなら死刑にすべき。
加害と同じ方法で償うべき。
恐怖心を味わわせるべき。
税金の無駄遣い。
無期懲役になっても恩赦で出てくる場合があるから(日本の制度)。
殺人事件の抑止力になる。
裁判で「行き過ぎた行為である」とあまりにも残虐、悪質であると認められた人が死刑になっている。
「我を忘れて…」という形の加害行為の場合は死刑の対象にはなってない。
遺族感情を考えると有った方が良い。
国家権力でなくとも社会的制裁は発生するもの。
更生の可能性があっても死ぬべき。
死は必ず来る。死に方の問題。

【反対意見】
国家権力に人を殺す権利を持たせて良いのか。
終身刑を導入すれば良いのではないか。
受刑者に生産活動などの労働を課し、経費を自ら賄わせれば「税金の無駄遣い」とはならないのではないか。
抑止力の効果はない(薄い)という説もある。
殺人者となってしまうまでの過程を考えると、殺人者になった人と、ならない人との境界に大きな違いがあるとは思わない。
死刑にしても償うことは無理。
本質的な解決にはならない。
更生の可能性を潰すことになる。更生した事例はある。
生き続けて、自分のしたことを反省し、向き合う必要がある。
冤罪の可能性(他の犯罪にも適用される要素)。